「許されたい」という暴力?
- 恵琳
- 2022年1月24日
- 読了時間: 4分
更新日:2022年1月26日
2022/1/24深夜、ティックトックで、ホロコースト生還者のリリー・エバートさんというユダヤ系イギリス人のおばあさんと、その曾孫さんのドヴ・フォアマンさんがライブ配信をやっていたので、少し参加しました。
「日本からこんにちは」とコメントしたらドヴさんが「日本からも来てるねえ。おばあちゃんは日本行ったことある?」とおっしゃいました。 うろ覚えですが、リリーさんは「いや、行ったことないわ。ヨーロッパとはあまりにも文化が違う」と答えていました。
そして、私の「1/27のホロコースト記念デーには何をしますか?」という質問にリリーさんが答えてくださいましたが、聞き取れませんでした。 ただ、ドヴさんによると、イギリスではその日、殺された人々への追悼の気持ちと、差別に立ち向かう心を思い起こすために、夜8時に窓辺にろうそくを灯すそうです。 ライブ配信に参加できて本当によかったです。
そこで思うのですが、ナチヲタとユダヤ人の対話ができればいいと思います。非常にリスクの高い行為ですし、ユダヤ人の方を怒らせてしまう可能性は十分ありますが、ズームで複数の人と話ができればいいなと思います。
「安易な融和の夢など見たら痛い目に遭うぞ。私たちはお互い干渉しあわず住み分ければよいのだ」という意見もありましょうが、私はそれでも話がしたいのです。「あの人たちとはどうせ分かり合えない」とあきらめるのは寂しいです。かといってこちらの意見や「私を許してほしい」という気持ちを押し付けるのはいけないことです。許すか許さないかを決めるのはユダヤ人の側です。もし本当にズーム会議を開くのであれば、参加者は英語ができた方がいいと思います。
ちなみに以前このことを知人に言ったら、「ナチズムが嫌いという点だけで話せば彼らとも分かり合えるのではないか」と言われました。その通りだと思います。違いに目を向けるのでなく、共通点を見つけて仲良くするのが一番いいです。私とて戦争や虐殺の経験者(例えば祖母)に面と向かって「私ヒトラーが好きで……」なんて言うことはできません。
しかし数年前のある日、事件は起こりました。
私は家族旅行から帰る車の中でナチ映画の話をしたのですが、その時父に満面の笑みでヒトラー好きであることを暴露され、「ハイルヒットラー」と言われ、ネオナチ扱いされました――祖母のいるすぐそばで。彼女はどれほど傷ついたでしょう。申し訳ない気持ちでいっぱいです。いや、本当に悪いのは私を傷つけるようなことを満面の笑みで言い放った父なのですが。
ちなみに、祖母以外の家族はこの事件以前から私の好きな人を知っていました。もしかしたら祖母もすでに知っていたかもしれません。死にそうです。
話は戻りますが、相手に自分を(ましてや相手を怒らせかねない部分を)認めてもらおう、許してもらおうだなんて無神経にもほどがあります。傍から見たら喧嘩を売っているとしか思えません。立派な暴力であり差別です。自己中心的な気持ちの押しつけをやめて、まずは自分が自分を認めてやらないといけないのだなあと思いました。
とりあえず、リリーさんとドヴさんのライブ配信はこれからも参加したいですし、今ネットで繋がっているユダヤ人の友達とも仲良くしたいです。まあ腹黒女と言われても仕方ありませんが……。
やはり高慢ちきにならないこと、謙虚であることが大切だと思い直しました。
2022/1/25追記
しかしそれでも和解の夢は捨てられません……まずは今いるユダヤ人の友達と仲良くすることから始めて、それから段々と打ち解けてきて、自分のことを話せるようになってきたら、「実は私……」と話してみましょうか……話さないほうがいいでしょうか?
ちなみに以前、とあるキリスト教徒のドイツ人にメッセージアプリの文面で「私実はヒトラーが好きなんです……」と震えながら自分の犯罪性愛について告白したら「あなたは共感性がありますね。あなたの語りは興味深い。感動しました」と分かってくださいました。その時は感動のあまりおいおい泣きました。 なのでこれからも自分を語っていきたいです。恐る恐る、手探りですが……。
まずは反ナチのナチ戦犯の方々と話してみるのもいいなと思います。例えばライナー・ヘスさん(アウシュヴィッツ所長ルドルフ・ヘスの孫息子)や、ヒムラーの弟の孫娘カトリン・ヒムラーさんらと話すのです。
まずは彼らとフェイスブックで繋がりたいです。
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