top of page

歴史改竄主義を再生産するのは誰か

  • 執筆者の写真: 恵琳
    恵琳
  • 2022年1月30日
  • 読了時間: 5分

更新日:2022年2月9日

(2022/2/9加筆修正)

2022年1月27日、私はNPO法人ホロコースト教育資料センター(Kokoro)のオンラインセミナー「ホロコースト否定論〜欧米社会はどのように向き合ったか」に参加した。講演者は学習院女子大学の武井彩佳(たけいあやか)という教授だった。

はっきり言わせてもらう。私はこの人が大嫌いだ。

武井氏は反ナチの学者で、それはもちろん良いことなのだが、歴史改竄主義者の気持ちがあまり分かっていないし、セミナーの中で彼らの気持ちを自ら想像することや、聴衆に想像を促すことはあまりなかった。

また、ホロコーストの被虐殺者数の算出方法についても触れられていなかった。

講演中は「歴史改竄主義はいけませんよ」と繰り返し、敵を強く批判していた。本当に容赦ない高圧的な人だと思う。

歴史改竄主義者を思いっきり見下し、彼らの胸中も一切想像せず、「ホロコーストの被虐殺者は600万人だ! この事実は揺るぎないものだから一切疑うな!」と正論を押し付ける人たちのせいで、歴史改竄主義者は余計にいじけて劣等感を感じ、仲間同士でより一層紐帯して正義に反抗するのだ。反ナチの人々がやっていることは、旅人のコートを脱がすために北風をビュービュー吹かすことと同じだ。これでは旅人は余計に縮こまってコートを着込んでしまう。すなわち逆効果なのだ。


どんなに理解しがたく気に入らない人間だって同じ人間なのだから、彼らの気持ちを理解しようとすることは尊いことだ。

「ホロコーストの被虐殺者数は600万もいなかっただろう」と言う人に対しては、「何言ってる! 600万ったら600万だ! 疑うなボケ!」ではなく、「じゃあなんで600万と言われてるのか説明しますね……」と、被虐殺者数の算出方法を丁寧に教えればいいのだ。

ホロコースト被虐殺者数の算出方法は別の記事に書いたので、ぜひ参照されたい。

そうすればいいだけの話なのに、なぜ「お前らはヘイターだ!」と叫ぶばかりなのか。敵への怒りは分かるが、あまりにも相手を馬鹿にしすぎではないのか。相手はエイリアンでも悪魔でもない、普通の人間なのに。

私は反ファシズム・反政府主義者であるが、左翼のそういうところが本当に怖い。

しかし敵が高圧的で人の話を聴かないから、それに対抗する人も自ずとそうなるということも分かっている。私のこの文章もトーンポリシング(口調警察)と取られても仕方ないだろう。

しかし武井氏には「エンパシー(自分と立場が全く異なる人への想像力)」が大きく欠けていると感じた。

だから彼女の『歴史修正主義』(中公新書)は読みたくなくなった。


また、日本に住むホロコースト生還者のツェグレディ・ヤノシュさん(姓+名。ハンガリー生まれのユダヤ人)は、「今回の講演は非常に残念だった。アウシュヴィッツ解放記念日なのにホロコースト被虐殺者のことがほとんど語られず、それどころか歴史改竄主義者アーヴィングのことが語られたので、辛くて聴いていられなかった」と苦言を呈していた。

ヤノシュさんも私も、武井氏の講演に辛いものを感じたという点では同じだったようだ。辛さの種類が違うけれど。

武井氏は歴史改竄主義的なヘイトスピーチの一例として、「イスラエルはホロコーストを政治利用している」という言説を挙げていたが、この言葉のどこが間違っているのか分からなかったし、「ホロコーストの政治利用」とは具体的にどういうことなのかも分からなかった。でも分からないながらも、「この人はシオニスト(正確に言うと、パレスチナ迫害に反対してない人)かな?」となんとなく感じていた。

後になって考えてみると、「ホロコーストの政治利用」とは、「ユダヤ人の被害性ばかり強調して、イスラエルによるパレスチナ迫害への批判をかわすこと」なのかな、という結論に至った。イスラエルは実際にホロコーストを政治利用してパレスチナ迫害への批判を封じ込めているのではないか? 武井氏がタカ派である可能性は高い。

また、歴史改竄主義やユダヤ人へのヘイトスピーチを強く非難する武井氏の講演を聴いているうちに、「私含むナチヲタの人たちは好きな人を好きというだけでユダヤ人を傷つけてるから、反ナチであっても居場所がなくなるのではないか」という気がしてきた。でも武井氏は最後の方でこう言っていた。

「私はどんな表現でも、表現すること自体は規制できないと考えている。表現するときにユダヤ人を傷つけてやろうという意図がなければ大丈夫だと思う」

この言葉が聞けたのはよかったし安心した。また、ホロコースト否定論は英語でHolocaust denial(ホロコースト・ディナイアル)ということも分かってよかった。大嫌いな学者の講演の中にもいい点があるものだ。


ツレにこの講演のことを話した結果、次の結論にたどり着いた。

ポスト・トゥルース(後真実 こうしんじつ)や歴史改竄主義は、事実の押し付けに対する反発だ。だからそういう動きは「ある意味」いいことなのだ。この「ある意味」というのが注意すべきポイントで、陰謀論や歴史改竄主義は決して全肯定できるものではない。悪である。しかしその悪の中にも善が潜んでいるのだ。

地球平面説は地球が球体であるという事実の押し付けへの反発である。陰謀論に抗する人々が「地球は球体である」という事実を言うのはいいことだが、押し付けているからいけない。なぜ丸いのか、どのように丸いのかを一緒に考えたり、調べたり、証明したりせねばならない。

陰謀論者や歴史改竄主義者やネトウヨは、押し付けに反発するという点では正しいが、言っていることが間違っている。左翼や反ナチ運動家は言っていることは正しいが、やり方が間違っているのだ。左翼も態度を改めねばならない。

また、武井氏は、「専門家でないと一次資料に触れられないので、在野の研究者はあまり良くない」という旨のことを言っていた。「専門家でないと一次資料に触れられない」という現状に問題があるのではないか。学問はみんなのものだ。


追記

シノドス 2017年5月12日の記事 『何がドイツ人とユダヤ人を和解させたのか?』 https://synodos.jp/opinion/info/19718/

この記事に「武井彩佳はタカ派の可能性が高い」と書いたが、上記のシノドスの記事で武井氏はイスラエルのパレスチナ迫害を批判しづらいドイツの話を書いている。個人的には武井氏はドイツをそんなに強く批判していないように感じるけれど……でも決してバリバリのイスラエル擁護派というわけでもなさそう。でも個人的には、「パレスチナ迫害は決して許されない」とはっきり書いてほしい。この人はあくまで中立的に、やんわりとこの文章を書いている。一体誰の味方なんだ。

コメント


記事: Blog2_Post

©2021-2025 by 恵琳のサイト ベルガモ。Wix.com で作成されました。

bottom of page